Behind the story
あるところにとても美しいヴィンテージのブローチがありました。
これはそのブローチが教えてくれたいつかの持ち主のお話です。

1970年、新婚旅行でパリへ行きました。
映画で見たシャンゼリゼ通り、街を闊歩する多国籍な人々、見慣れない車、ジェラート屋、カフェ、レストラン、ただそこにあるだけの日常のはずなのに私の二つの目は懸命に景色を逃さないよう必死に動いていました。
隣にいる夫となったひともいつもとは違う環境、旅先ではしゃぐわたしを見てみせたことのない優しい顔をしていたように記憶しています。
到着して2、3日はフワフワした気持ちと足取りで、与えられるものを与えられるままに享受していましたが、この旅の終わりが見えてきた時には急に足元が重くなった気がしました。
パリの美しい風景が載ったたくさんの絵葉書や珍しい包装のチョコレートなどパリの思い出を買い漁りました。
夫は目を丸くして買い物に走る私を眺めていました。

日常に戻る前にもう一度、ヴァンドーム広場へ足を運びました。
どうしても何かが欲しかったわけではなかったのですが、つい惹かれたデザインのブローチが飾られたショーウィンドウを見ていると
「入ろう」
夫が声をかけドアマンが開くその先へと進んでいきました。

身体の中心からソワソワする感覚に見舞われ、早まる鼓動と共に夫の背中を追います。
ショーウィンドウに飾られていたブローチが目の前で輝いていました。
「ネックレスや指輪は毎日身につけられるけどブローチはそうもいかない、僕が機会を作るから身につけて一緒に色々なところへ行こう」
購入してくれたブローチも嬉しかったですがくれた言葉が一番の贈り物かもしれません。高価な物でしたがその物を買うということ以上にその時間がかけがえのない宝物になりました。
彼の言葉通り私たちはたくさんの機会を得ました。
カサブランカ、シカゴ、モンテビデオ。
笑顔ができない元気のない時も寄り添ってくれたブローチは輝きを失うことなく、共に過ごしてくれました。
これからもこのブローチがどなたかと共にたくさんの機会を共有してほしいと思っています。